真・ホドリゴ日記

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お父さんは女子高生

「お父さん、女子高生になろうと思うんだ。」

それは、突然の出来事だった。
いつも会話なんてほとんどない我が家だが、この時はよりいっそう家の中が静まり返った。


お父さんは、いわゆる一流企業の部長である。
仕事はできるらしいが、頭は禿げ上がって、お腹は出て、なんだか冴えないおじさんといった感じだ。
酒は飲まない。煙草も吸わない。ギャンブルも女遊びもしないが、他に何か趣味があるということもない。

とにかく気が弱くて、私はお父さんに叱られた覚えがない。
私が万引きで補導された時も、
「欲しい物があるなら、、言ってくれたら、よかったのに。」
と、娘に注意することさえ出来なかった。

お母さんはなんでこの人と結婚したのか疑問だったが、どうもお見合い結婚らしい。


「ここに、コツコツ買い集めてきた自社株がある。
 これを売れば、お金に困ることはないと思う。
 実は、今日、会社を辞めてきた。
 入学する高校ももう決めてある。

 何より、お父さん、女子高生になるのが小さい頃からの夢だったんだ!」

お父さんは、その後も色々と語った。
初めておニャン子クラブを見た時のこと、いつか女子高生になろうと誓った日のこと、AKB48はなんか違うということ。
私は、お父さんがこんなに長く喋るのを見たことがなかった。

「そこまで、言うんだったら。。。」
お母さんは、承諾したというより、諦めたといった感じだ。
元より、お父さんにあまり期待などしていなかったのかもしれない。
お母さんも、少なくない額のへそくりを老後のために残していることを私は知っている。

「おまえは、どう思う?」
お父さんは、私にも聞いてきた。
私の答えは決まっていた。
ペットを飼う時、引越しをする時、車を買い換える時、いつも言ってきたあのセリフを今日も言うだけだ。

「勝手にすれば」


こうして、お父さんは、晴れて女子高生になった。
入学したのは、私が去年まで通っていた女子高だった。
ここから先は、私が後輩から聞いたお父さんの女子高での奮闘記である。


お父さんは、セーラー服が似合わなかった。
当然だ、おっさんなんだから。

入学式では、お父さんが登場した瞬間に校内がどよめいたらしい。
それも当然のことである。
クスクス笑われるのはまだいい方で、席が隣になった女の子に本気で泣き出された時は、さすがにこたえたよ、
と、お父さんはその日の夕食の時に言っていた。

しばらく、お父さんは孤独な高校生活を過ごした。
昼休みは、自分で作った弁当を一人で食べていた。

そんなお父さんの環境が変わりだしたのは、最初の中間テストの前である。

「あ゛ー、わからない!」
隣の席の、お父さんに少しは慣れてきたものの、まだ避けようとしている女の子が呻いた。
数学の勉強をしているようだった。

「この公式を当てはめればいいんだよ。」
お父さんは、ああ見えて教師を目指していたことがあったらしい。
当然、教員免許も持っている。
教え方は上手い方だと、私も思う。

こうして、お父さんは隣の席の女の子に勉強を教えることになった。
その子の、お父さんへの警戒心は次第に薄れていき、中間テストが終わる頃には完全に打ち解けていた。
お父さんの女子高での友達第一号である。

それから先、お父さんはクラスにも次第に馴染んでいったようだった。
期末テストの前には、お父さんの机の前にクラスのみんなが教科書を持って並んでいたらしい。

夏休みに入り、学校へ行けないお父さんは、少し寂しそうだったが、
宿題を教えるという名目で、クラスの友達同士の集まりにも顔を出しているようだった。
夜にみんなで花火をして帰ってきた時の、お父さんの充実した顔は、今でも忘れられない。

二学期に入り、ホームルームで、文化祭でのクラスの出し物を決めることになった。
普段、ホームルームで手を上げることなどなかったお父さんだが、この日はいの一番に手を上げた。
「みんなでパラパラを踊りましょう!」
これも、お父さんの夢だったらしい。
クラスのみんなはめんどくさがったりで、否定的だったようだが、他に案がないということで、お父さんのクラスはパラパラを踊ることになった。

その日からのお父さんは大変だった。
放課後、パラパラの練習をして帰ってきたお父さんは、なんだか加齢臭がすごかった。
帰ってから夕食の前まで、そして夕食の後、お父さんは休まず練習した。
運動の経験がないお父さんの動きは、カバが餌を欲しているかのようだった。
見かねた私が動きを教えるくらい、ヒドかった。

お父さんのパラパラダンスも段々と上達してきた頃、お父さんは意を決したかのように私に言った。
「今度の文化祭、絶対に見に来てほしい。精一杯頑張るから。」
お父さんの目は、本気だった。

「行くわけないじゃん。」
当たり前だ。
誰がおっさんの下手くそなパラパラダンスを見たいものか。
ましてや踊っているおっさんは私のお父さんで、踊っている舞台は私の母校の文化祭である。
わざわざ恥をかきに行くようなものだ。
お父さんは、なんだか困ったような表情で、
「そうか、そうだよな」と言った。
思い出した。万引きで捕まった私を迎えに来てくれた時の、あの顔だ。

そうして文化祭当日、私は、どこへ行くわけでもなく、家でゴロゴロしていた。
昼過ぎ頃、向かいの公園からユーロビートが聞こえてきた。
高校生が、ダンスの練習をしているようだ。
私は、お父さんの練習に付き合った最近の日々を思い出した。
「行ってやるかぁ。」
少しだけ早足で、私は母校に向かった。

高校の敷地にある中央ステージに行くと、丁度お父さんのクラスの出し物が始まるところだった。
「なにアレ」「担任の先生かな」「気持ち悪ぅー」
周りの声に、私は来たことを後悔し始めていた。

ダンスが始まった。
お父さんは、まさかの中央を陣取っている。
セーラー服を着たハゲデブ中年が、舞う。踊る。汗がほとばしる。
その姿は、なんというか、抱腹絶倒ものだった。
周りの人も、同じように大笑いしていた。

ユーロビートが鳴り止んだ時、会場を割れんばかりの拍手が包んだ。
お父さんは、得意顔だった。
その顔に、私は少しイラッとしたが、なんだか、来てよかったなぁと思った。
お父さんと顔を合わせるのが恥ずかしかったので、私はその後すぐに帰ったが、
お父さんのクラスは、文化祭の出し物で最優秀賞を取ったらしい。
あの時の写真は、今でも家で飾ってある。

文化祭を機に、お父さんの学校生活はとても充実したものになったようだ。
放課後にプリクラを撮っただの、デコメを教えてもらっただの、そんな話を私は毎日うんざりする程聞かされた。

冬休みを迎え、冬休みを終え、3学期も終わろうとしていた。
この間に、お父さんがクラスのみんなと初詣に行った話や、期末テストのクラス平均でお父さんのクラスがダントツの学年トップになった話があるのだが、ここでは省略する。

この学校では、1年生から2年生に進級する時に、一度だけクラス替えがある。
私は当時、特に何も思わなかったが、お父さんは、それをひどく寂しがっているようだった。
文化祭の写真を毎日眺めながらため息をついているお父さんの姿は、哀れみすら感じさせた。

終業式から帰ってきた時、お父さんの目は真っ赤だった。
たくさん写真も撮ったらしい。
驚くことに、お父さんだけでなく、クラスみんなが泣いていたらしい。

春休みを迎えたお父さんは、もぬけの殻のようだった。
カレンダーの赤丸がついている日は、クラス割の通知が届く日だ。
私の母校では、春休み中の指定された日に、クラス割を書いた紙が入った封書が届く。
それを見て、誰と一緒のクラスになったかを知るわけだが、私の時は、自分の名前とクラス以外はロクに見ていなかったことを覚えている。

遂にその日が来た。
玄関の前で、お父さんは郵便屋さんから直接その封書を受け取った。

すぐに封筒を破り、中を確認すると、クラス割を書いてあるはずの紙に、一行の文章だけが書かれていた。


「おっさんなので、退学。」


high_school_daddy


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  1. 2010/09/14(火) 23:45:45|
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