今になって思えば、最初に変化に気付いたのは私だった。
事件が起こる1週間ほど前のことである。
NHKの番組プロデューサーだった私は、ワクワクさんの目の焦点が時折、合っていないことに気付いた。
「先日の特番の疲れが残っているんだろうなぁ。」
その時は、そう思ってやり過ごした。
「先日の特番」とは、『探検!ぼくの町』のことである。
ワクワクさんと素人の小学生が、社会化見学に行く1時間番組で、春・夏・冬休みのタイミングに合わせてNHK教育で放送する。
今回、夏休みに合わせた『探検!ぼくの町』の担当プロデューサーは私、進行役はワクワクさんだった。
内容は、福井県の原子力発電所の見学である。
世界のエネルギー問題と、原子力発電の仕組みについて、発電所の所長さんが小学生に説明する。
ワクワクさんは、それに合いの手を入れたりして話をわかりやすくする。
収録は順調だった。
私としても、まぁまぁいいものが撮れたという実感があった。
しかし、その回の『探検!ぼくの町』はお蔵入りになってしまった。
収録の翌日、原子炉から濃縮ウラン燃料が盗難されるという事件が起こったからである。
社会的影響を配慮して、『探検、ぼくの町』は『
魔乳秘剣帖』の再放送に差し替えられた。
ウラン燃料盗難騒動から2週間たった頃、その事件は起きた。
その日は、『つくってあそぼ 生放送スペシャル』の収録日だった。
「よーい、スタート!」
生放送の収録が始まった。
「ワクワクさん、今日はなにをつくるの?」
ゴロリとワクワクさんのいつものやりとりだ。
ただ、今日のワクワクさんの、ゴロリの質問への返答は、いつものやりとりのそれとは随分違っていた。
「今日はね、核兵器をつくるんだよ。」
ワクワクさんは、ボストンバッグから大きな何かを取り出した。
「おい、誰か止めろ」
私が撮影を止めようとした刹那、銃声がスタジオ中に響いた。
私の隣にいたADが、血を噴き出して倒れた。
「全員、このスタジオから出て行け!」
ワクワクさんが叫んだ。
私とゴロリを含む全員がスタジオの外に出た。
生放送のカメラはまわったままである。
「俺は原子力発電所からウラン燃料を盗み出して核兵器をつくった。
これがあれば全て思いのままだ。」
カメラを凝視しながら話すワクワクさんの目は、完全に焦点があっていなかった。
髪もところどころ抜け落ちていた。
「さて、これからどうしようか。
巨人戦を試合終了まで中継してもらおうか。
ローリングストーンズを来日させてもらおうか。
それとも、俺がこれから核兵器を使って何をするか、今からFAXで募集しようか。」
スタジオの外においやられた我々は、途方に暮れていた。
ワクワクさんを止めないと、東京は核の炎に包まれる。
しかし、今のワクワクさんにどうやって語りかければいいのか。
「ぼくが行くしか、ない。」
皆が俯く中、顔をあげてそう決意したのは、ゴロリだった。
ゴロリは、我々の制止も聞かず、勢いよくスタジオの中に駆け込んでいった。
<BGM>
1時間後、機動隊によって発見されたのは、
格闘の末、漏れ出た放射線に汚染されてもはや原型をとどめていない、人間だったものと、きぐるみだったものだった。
あの事件をきっかけに、私はプロデューサーの職を辞した。
それでも年に一度、太陽が高くなるこの時期に、毎年私はゴロリの墓に手を合わせにやってくる。
「お父さん来て!
もうセミが鳴いてるよ!」
あの事件の直後に生まれた息子、呉呂利が私を呼んでいる。
今年の夏も暑くなりそうだ。
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- 2009/07/09(木) 23:10:50|
- ハジメの日記
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